大阪地方裁判所 昭和50年(ワ)6228号 判決 1980年5月28日
原告
大西大
右訴訟代理人
伊勢谷倍生
右訴訟復代理人
向山欣作
被告
日本火災海上保険株式会社
右代表者
右近保太郎
右訴訟代理人
新原一世
外五名
主文
一 被告は原告に対し金三一七万九九四九円及びこれに対する昭和四八年一二月二一日以降支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判<省略>
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 被告は保険業を営む株式会社である。
2 原告は昭和四八年一一月一二日被告との間で、ブルドーザー一台(訴外キャタピラー三菱株式会社製トラックタイプローダ、九五五K型、七一J三一四五)(以下「本件車両」という)を保険の目的(被保険自動車)として、保険金額六〇〇万円、保険料一七万〇一七〇円、保険期間一年、被保険者を原告とする車両保険契約を結んだ。
3 本件車両は、訴外玉置巍が訴外キャタピラー三菱株式会社(以下「訴外三菱」と略称する)から、昭和四七年五月二〇日代金七七三万二〇〇〇円、支払方法は頭金七〇万円、残額金七〇三万二〇〇〇円は同年七月以降昭和四九年六月まで毎月七日限り金二九万三〇〇〇円宛分割支払、代金完済まで所有権を訴外三菱に留保する約定のもとに買い受け、更に昭和四八年一一月八日原告が訴外玉置から代金七七三万二〇〇〇円で買い受けたものであるが、その間訴外三菱に対する前記割賦金は約旨どおり、昭和四八年一一月分まで合計金五六八万一〇〇〇円を支払済である。
4 昭和四八年一二月二〇日午後一一時三〇分頃奈良県吉野郡下北山村上池原池郷林道において、原告が本件車両を運転して走行中、転落事故をおこし、同車両は数百メートルの谷底に転落し回収不能となり、原告は同車両を失い、保険金額六〇〇万円を超える損害を蒙つた。
5 よつて、原告は被告に対し保険金六〇〇万円及びこれに対する事故の日の翌日以降支払済みまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する答弁
1 請求の原因1は認める。
2 同2のうち、原告が被告との間で昭和四八年一一月一二日、本件車両を保険の目的として、保険金額六〇〇万円保険料一七万〇一七〇円、保険期間一年とする車両保険契約を結んだことは認めるが、その余は否認する。
3 同3は認める。
4 同4のうち、原告の主張する日時、場所において、その主張のような事故が発生し、本件車両が回収不能となつたことは認めるが、その余は否認する。
5 同5は争う。
三 抗弁
1 仮に本件保険契約に当り、被保険者を原告としたものであるとしても、本件車両の前示割賦払代金のうち、昭和四八年一一月分までは支払済であるが、同年一二月以後の分が未払であるから、本件車両の所有権は未だ訴外三菱に留保されており、原告は所有権者ではないので、本件保険契約は保険契約の目的である被保険利益を欠き無効である。
2 また右のとおり本件車両の所有者は訴外三菱であるから被保険者たるべきものは訴外三菱であつて、原被告間でなした本件保険契約は他人のためにする契約であるというべきところ、自動車保険普通保険約款一般条項第七条、第三号には他人のために保険契約を締結する場合において、保険契約者がその旨を保険契約書に記載しなかつたときは、保険契約は無効とする旨定められているので、本件契約を有効とするためには原告は保険申込書に被保険者を訴外三菱と記載していなければならないが、原告はその記載をしていない。
而も原告は本件保険契約に当り、被告から、自動車保険普通保険約款を告知され、その説明を受けた上で、その定めによることを承諾しているので、本件契約は右約款により無効である。
3 右普通保険約款の定めは、右のとおり原告に告知され、原告がこれによることを承諾していたものであるが同約款車両条項第一条第一項によると「被保険者は被保険自動車の所有者をいう」旨定められているところ、前記のとおり原告は本件車両の所有者ではないから、正当な被保険者ではなく、被告に対し損害填補を求める権利はない。
4 本件事故は原告の故意による転落事故であるから、その損害について、被告は免責され、原告に対し本件保険金支払の責任はない。
四 抗弁に対する答弁
1 抗弁1のうち、本件車両の割賦代金の支払状況が被告主張のとおりであることは認めるがその余は否認する。売主である訴外三菱は、所有権留保とはいつても代金債権につき担保権を有する以上のものではなく、本件車両の実質上の所有権者は、これを買受けた原告である。そして保険料を払つているのは原告であるから、原告は被保険利益の主体たる被保険者であり、本件保険契約は有効である。
2 抗弁2のうち、本件の保険申込書に、被保険者が訴外三菱と記載されていないことは認める、被告主張のような約款の定めがあるかどうかは不知、その余は否認する。原告は訴外三菱のため訴外三菱を被保険者として本件保険契約を結んだものではなく、原告自身を被保険者として自らのために契約したものである。また原告は被告の代理店オサキホン店との間で本件契約を結んだものであるが、同代理店では原告に対し、普通保険約款のことなど全く説明も告知もしてくれなかつたため、原告は申込書の記入など全く分らぬままに、すべて同代理店に任せた上、同代理店に対し、本件車両に関する訴外三菱と訴外玉置間の所有権留保付割賦販売契約書、訴外玉置と原告との間の売買契約書など一切を呈示し、事実をありのまま告知している。したがつて、申込書に右記入を欠いたのは被告の代理人が記入しなかつたまでのことで原告には全く責任がない。
3 抗弁3のうち、被告主張のような約款の定めがあるかどうか不知、その余は否認する。被告主張の約款のあることなど原告は契約に当り説明も告知もうけていない。
4 抗弁4は否認する。
四 再抗弁
被告が前記のように本件保険契約の無効等を主張し、保険金の支払を全く拒否することは信義則違反であり許されない。①原告と被告の代理店との間でなされた本件契約締結の前記のような経過、②原告は契約申込に当り被告側から普通保険約款等については何の告知も説明も受けず、後日になつて保険証券と同時に郵送されて来たものであつて、その内容については全く了知していないこと及び③本件の場合のように被保険者が所有者でないことが判明したような場合でも、保険料の支払がなされている限り、通常は保険金の支払がなされているのが実状であることなどのことからして、本件の場合、被告が契約の無効等を主張し、保険金の支払拒絶をすることは明らかに信義則に反し許されないものである。真相は、告訴された暴力団員が原告に対するいやがらせから、故意転落といういわれなき虚偽の事実を被告に電話連絡したことから、被告は今になつて何かと理由をつけて支払をしないものである。
五 再抗弁に対する答弁
否認する。
第三 証拠<省略>
理由
一争いのない事実
請求の原因1及び3の事実、原告が被告との間で昭和四八年一一月一二日本件車両を保険の目的(被保険自動車)として、保険金額六〇〇万円、保険料一七万〇一七〇円保険期間一年なる車両保険契約を結んだこと、本件車両の割賦払代金のうち同年一一月分までは訴外三菱に対し支払済であるが、同年一二月以降の分が未払であること並びに同年一二月二〇日午後一一時三〇分頃奈良県吉野郡下北山村上池原池郷林道において、原告が本件車両を運転して走行中、転落事故をおこし、同車両が数百メートルの谷底に転落し回収不能になつたこと、以上は当事者間に争いがない。
二<証拠>によれば、原告と被告とは本件保険契約に当り、被保険者を保険契約者と同一とする旨即ち原告とする旨合意したことが認められ、これに反する証拠はない。
三抗弁1について
本件車両売買のように、代金割賦払の約束とともに、買主の代金完済までは所有権を売主に留保する旨の特約のある売買の場合において、買主が割賦代金未完済時に有する権利は、法律的には停止条件付所有権移転請求権(代金を完済することにより当然に所有権の移転を受ける権利)であり、財貨的・価値的にこれをみるときは、割賦金の支払に応じて所有権の価値が徐々に買主に移転していく(所有権の価値的分属)ものであると観念され、その割賦支払の過程において、これを金銭的に評価ができないものではないから、売主の有する所有権(効用的には代金債権確保のたるの担保権)から離れて、損害保険契約の目的たり得るものと解することができる。そして、本件の場合、原告と被告とは後記のとおり、本件車両の所有権は訴外三菱に留保され、原告の同車両に対する権利は右のようなものであることを十分に認識した上で締結していること、したがつて本件保険契約は原告の買主としての右のような権利を契約の目的として締結されたものと認めるのが相当であるから、被保険利益の欠缺を理由として本件保険契約の無効を主張する被告の抗弁は理由がない。
四抗弁2について
被告は、本件保険契約が訴外三菱のためにする契約であることを前提にし、原告が契約申込書にその旨記入しなかつたことをもつて、自動車普通保険約款の定めにより、契約は無効である旨主張するのであるが、保険の目的たる本件車両の所有権が訴外三菱に留保されているからといつて、それだけのことから直ちに本件契約をもつて訴外三菱のためにする契約であるとは認め難く、その他、本件契約をもつて訴外三菱のためにする契約であると認めるべき証拠はない。かえつて<証拠>によれば、原告は原告自身のためにする意思をもつて原告を被保険者として、被告に対し本件保険契約の申込をしたものであると認められるので、被告の右抗弁は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。
五抗弁3について
既に認定したとおり原告は本件車両の所有権を未だ完全に取得したというものではないところ、<証拠>によれば、昭和四七年一〇月一日自動車保険普通保険約款の改訂により、同約款車両条項第一条第一項において、「被保険者とは被保険自動車の所有者をいう」旨明示されたことが認められる。
そして被告は、原告は本件保険契約締結に当り右約款を了知し、これによることを承諾した旨の主張をしているが、原告の右主張事実を認めるに足る証拠はない。かえつて、<証拠>を総合すると、本件保険契約は原告と被告の代理店(新宮オサキホン店)との間で締結されたものであるが、原告は契約を申込むに当り、被告の右代理店に対し、本件車両の所有権留保約款付割賦売買契約書及び訴外玉置と原告間の売買契約書を示し、且つ代金の割賦払は未完了である旨を告げ、申込書の記入は一切、被告の右代理店に任せていたこと、それ故被告の右代理店では、本件車両の所有権が訴外三菱に留保されていることを十分に認識していた筈であるのに拘らず、原告にとつて最も重要である前記約款条項について全く告知も、説明もせず、契約申込書の代筆記入に当つても契約者たる原告と被保険者を同一として扱い、以後本件事故が問題視されるまで原告を被保険者として扱つていたこと、原告は後日になり被告から本件保険証券と共に本件普通保険約款の送付を受けたが、格別内容を読むことをしなかつたため、前記改訂された約款条項に気付いていなかつたことが認められる。そしてこのような経緯のもとで締結された本件契約においては、前記約款条項は原告を拘束するものではなく、被告において、同条項を盾にして、原告は被保険者たる資格がないとしてその損害填補を拒否し得るものではないと解するのが相当であり、右抗弁は採用できない。
六抗弁4について
<証拠判断略>
七原告の損害について
<証拠>によれば、本件車両の事故当時における価額は金四三二万八〇〇〇円相当であることが認められる。しかしながら原告が被告から填補を受け得べき損害の範囲は本件保険契約の目的たる被保険利益の価額(保険価額)を標準にして定められるべきであるところ、本件保険契約の目的たる被保険利益は、前記のとおり、車両の所有権自体ではなく、割賦代金を完済することにより当然に所有権移転を受け得るという原告の権利であるから、本件両車自体の右価額をもつて、本件保険価額というわけにはいかず、その価額は本件車両の割賦代金の支払に応じて車両所有権の価値が徐々に原告に移転していく過程において、事故時を基準にして評価されなければならないと解せられる。而して本件車両代金七七三万二〇〇〇円の内、割賦払により本件事故時において合計金五六八万一〇〇〇円が支払済になつているので、事故当時の原告の本件車両に対し有した前記権利の価額即ち本件保険価額(i)は次のとおり金三一七万九九四九円と算出認定するのが相当である。
したがつて、原告は本件事故により右価額相当の損害を被つたものと認められ、他に右認定額を超える損害を受けたと認めるに足る証拠はない。<以下、省略>
(三井喜彦)